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きものの里探訪記 八重山上布(Part2)

きものの里探訪記 第一弾 八重山上布の里 石垣島にて(Part2) 名匠 新垣幸子(あらかき さちこ)を訪ねて
新垣先生
名匠 新垣幸子先生
今回は、八重山上布の里に新垣先生を訪ねての完結編となります。 前回は八重山上布復活にかけた情熱を中心に紹介しましたが、完結編は八重山上布の存亡にかかわる今後の課題についてお話を伺っています。 (糸の確保が大きな課題) 八重山地方は亜熱帯性気候に属しており、質のいい苧麻が育つ。 あたりまえのことだが、質のいい苧麻からは質のいい糸を紡ぐことができる。 また、苧麻は年に4~5回収穫することができるが、なかでも春と秋に収穫した苧麻は特に上質で細い糸を紡ぐことができる。 今、八重山の文化そのものである八重山上布に最大の危機が訪れている。 上布の原料である苧麻は収穫できるのに、糸が確保できないのだ。 そう、糸の紡ぎ手が圧倒的に足りない状況なのだ。 昔は各家庭で当たり前のように上布が織られていた。上布を織ることが家事の一つだったのだ。 したがって、お婆ちゃんからお母さんへ、お母さんから娘へと織り手が変わり、お婆ちゃん、お母さんは糸の紡ぎ手になるサイクルができていた。 しかし、洋服の普及・着物離れもあり、現在は各家庭で上布を織ることはなくなった。 織り手、紡ぎ手のサイクルが途切れてしまったのだ。 このように、沖縄県石垣島においても伝統文化の一つが崩壊の危機にさらされています。 『グローバル』化という言葉ひとつで 片づけてしまっていいのでしょうか! 真のグローバル化とは何なのかを 私たち日本人は改めて考え直さなければいけないのではないでしょうか。 (八重山上布と自然環境) 染めの焙煎にはどうしても化学薬品がついて回る。 八重山上布と言えば海ざらしが有名だが、生産性が悪く採算ベースにはのらない。  このようなことから、大正時代には媒染在として重クロム酸等の化学薬品を使うよう指導されていった。 しかし、重クロム酸は毒性が強く、大きな公害問題へと発展してしまいました。 このような経験から、昭和50年代後半から八重山上布の媒染には、昔ながらの海ざらしが復活したのです。 海に何本も浮かぶ 八重山上布の反物をみると、自然を大切にしなければならないという強い気持ちを改めて感じました。 海水で染料を生地に定着させる。 先人の知恵には頭が上がりません。 自然との調和こそが、いま世界に求められているではないでしょうか! 
海ざらし
海ざらし
(今後の活動・抱負) 最後に新垣先生に 今後の抱負について尋ねてみました。 これまでは古八重山上布の復活に注力してきたが、今後は復元も続けてはいくが、 やはり『自分の作品づくり』を中心とした活動にシフトしていきたい。 また、今年の夏用の着物は新しい着物を発表すると力強く語ってくれた。 なぜなら一反織り上げるのに約一年近い歳月を費やさなければならないからだ。 (編集後記) 最後に新垣先生がつぶやいた一言が私の胸を強く打ちました。 フィンランドの友人の一言だが、『フィンランドでは家庭に織り機があり、母親は家族のために織物をしているのに日本の家庭にはなぜ織り機がないのか?』 高度経済成長の中、有り余るほど豊富な物資、生産の合理化、生産性向上に始まり、終には一番大事なはずの従業員のリストラにまで発展! 記憶に新しい派遣切り 私たち日本人は本当に大切なもの 『こころ』 を失ってしまったのではないか? 自分たちの大事な文化を捨てていくということは、『こころ』を捨てていくということではないでしょうか! 取材の最後に名匠 新垣幸子がつぶやいた一言に大変ショックを受け、これからも日本の伝統文化を大切にし守りたいと思う気持ちがいっそう強くなりました。(和 店主)

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